About Me

子供時代はつらかったけど・・・

私は、とても内向的で家族以外と話しをすることが苦手でした。

話す声も聞こえないくらいに小さく、母親からはいつも

「もっと大きな声で話しなさい」と言われていました。

でも、声が出なかったんです。

保育園の発表会では、あまりの緊張と恐怖で、

舞台上でおもらし・・・・・

先生・保護者・生徒みんなびっくりです。

母親が一番びっくりしたのではないでしょうか。

また、小学生時代のお楽しみ会、

クラス全員でものまねゲームをしていたときです。

私のお題はネズミだったと思います。

先生から「何言っているのか全然聞こえない!」

と強く叱られたのを覚えています。

周りの大人はイライラしたのでしょう、

理不尽に先生に怒られることが多くありました。

あまりいい思い出が無い幼少期です。

そんな引っ込み思案で気が弱く、声も小さく

自信がなく、恐がりで極度のあがり症の私は、

「ここにいてもいいことは無い!」と思い、

高校卒業後、知人を頼って単身アメリカに渡ります。

全く違う環境に入り、生き方の違い、考え方の違い

人種の違い、文化の違い、言語の違い、等々、

様々な新しい違いに触れて、たくさん学びを得ました。

現地では、アメリカ人家族のお家にお部屋を借りました。

幸運なことに、本当に温かい人たちに出会えて、

私を家族の一員として扱ってくれ、温かく話かけてくれて

それでも、一定のほどよい距離感で接してくれ、

自由に、でも必要な時には手を差し伸べてくれる

最高の家族でした。

20年以上たった今でも、私のかけがえのない家族です。

「はっきり話す」「言わないとわからない」という

文化の中で、もまれて成長したと思います。

もちろん、日本とは別の苦労がたくさんありましたが、

日本にいた時ほどの苦痛はなかったように感じます。

無事に四大を卒業して帰国します。

好奇心旺盛な私は、帰国後いろんな職種を経験します。

商社・貿易関係・外資政府機関・フリーランス翻訳・・・

途中、文化の違い・考え方の違いなどに翻弄され

心身共に疲弊してしまいます。

もう英語を使うのをやめよう、と英語から7~8年離れた時期もありました。

すると、接する人たちが変わり、また違った視点を見ることが

できました。

そして、長い間遠ざかっていた英語は大丈夫かと不安になり、

ふと思い立ち、対策0(ゼロ)でTOIECを受験。

特に目的もなくふらっと受けたテストは、960でした。

その後、様々な意味での人生の転機も迎え、

やっぱり英語にふれていようと思い、講師業につきます。

英語のバックグラウンドが無い子供たちに英語を教えるため、

中学英語を1から学び直します。

現在も現役塾講師として、また教室運営者として、

生徒一人一人のサポートをしております。

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